菅野貫首写真

法華経を持つ者は 必ず成佛し候(種々御振舞御書)

 今月ご紹介の聖語は、題名の示す通り、日蓮聖人がご生涯を通じてどのような「お振舞、行い」をなされたかをお説きになられた御書であります。全体は四段になっており、第一段では文応元年(一二六〇)立正安国論を幕府に献進、その時の予言が全て的中にもかかわらず龍口法難にあわれたこと。第二段では佐渡でのご生活から、ご赦免までの様子をお述べになられます。そして第三段は大聖人ご自身の内観(法華経受持の心)が述べられており、このみ心は身延山へのご入山と相まって法華経受持者の法悦が述べられます。そして第四段、この第四段こそが御振舞御書の結論であり、本書をお与えになる光日房(こうにちぼう)へ法華経受持者としての心得が述べられ、今月ご紹介の聖語となります。
光日房と云う方ですが、一見男性のように思われがちですが、他に「光日上人」「光日あま御前」「光日尼御前」等の御書があり、「光日尼御前」の文中に「やもめ」とのお言葉があり、これは未亡人を表す言葉ですので女性であるという事がわかります。大聖人は他にも在家の方を出家者と同じよび方をなされます。これは法華経の根本、「全ての人が佛」から来ているのだと拝します。
先号で法華経書写のお功徳についてのご教示のご紹介をいたしましたが、本書では「受持―法華経を持つ者」の心得、お功徳がお説きになられ、ご紹介の聖語となるのであります。
「法華経、南無妙法蓮華経のお題目を身と心で持つ行いをしている者は必ずお釈迦さま、日蓮聖人と同じ大安心の境地に至ることが出来る」
このご教示をやさしく解説して下さっているみ教えがあります。それは、江戸時代に京都深草瑞光寺第二代慧明日燈上人が著された「宗門緊要集(しゅうもんきんようしゅう)」という書物です。この書は自身の母上のために書かれた書とも伝えられ、お題目を持つこころがくわしく、やさしく述べられており、池上本門寺では朝のおつとめの時「経前要文―お経読誦前の要文」として拝誦しております。この中で上人は「お題目のこころをいっとき相続すればいっときの佛、一日相続すれば一日の佛」とお説きになっておられます上人のお心を私なりに表現しますと
「母上、一日のうちほんの一時でもお題目の心で生活できたら、それは母上が一時の佛さまになっておられた、と言うこと。一日そのお心で生活できたら一日の佛さま、ということなのですヨ。お題目の生活、この気持ちを大事にして毎日をお過ごしください」と。
今月ご紹介の聖語「法華経を持つ」と云う事を実にやさしく、行いやすくお説きになられたご教示です。私自身もこの心で修行しており、他の方にもおすすめしているご教示であります。読者の皆様、慧明日燈上人の母上の気持で受け止められ行動されます事、お祈り申し上げます。


合掌

日彰