菅野貫首写真

鳥の二つの羽 人の両眼 夫と妻とは是の如し(兄弟抄)

 文永十二年(一二七五)四月十六日身延の地から当山寄進の開基檀越、池上右衛門大夫宗仲公と兵衛志宗長公ご兄弟にお出しになられたお手紙の一節が今月ご紹介の聖語であります。ちなみにご真蹟は当山池上本門寺に格護されており、国の重要文化財に指定されております。
 そもそもの発端は池上ご兄弟の父上、池上左衛門大夫康光公(作事奉行として今の大田区千束を知行しておられたと伝えられております)お立場上のこともあってか鎌倉極楽寺良観房忍性の熱心な信者であった事から兄弟が法華経とお題目、日蓮聖人への強い信仰を持っていることを批判、兄宗仲公を勘当してしまいます。この事を聞いた日蓮聖人が兄弟夫妻にあてたお手紙が兄弟抄であります。ちなみに後になって康光公も日蓮聖人の信者となられ宗仲公の勘当はとかれます。この事があって日蓮聖人はご臨終の地を安祥として池上の地をえらばれました。
本文中には法華経信仰の大事を説かれており、(詳細については長文ですので別の機会にさせていただきます)その結びとして、法華経信仰を全うすることが真の親孝行であるとお説きになられ、この事は大事な教えなので
「此の御文は別してひやうへの志殿へまいらせ候。又太夫志殿の女房・兵衛志殿の女房によくよく申し聞かせさせ給うべし。きかせ給うべし。」
とお二人の夫人達への教示も示されます。更に法華経信仰は真の親孝行の行であることに加え、夫婦絆の源を説いているみ教えでもあることおもお説きになっておられます。
日蓮聖人は夫婦の絆について本書で何度もご紹介している四条金吾殿ご夫妻に対しても「女房と酒うち飲みて、語らせ給うべし」とご教示なされており、このお心と全く同じお心でお説きになられたのが池上ご兄弟ご夫妻にお与えになられた兄弟抄であり、その一節が今月ご紹介の聖語であります。
「たとえば鳥の二つの羽、人の両眼のごとし、云々。夫たのしくば妻もさかうべし。夫盗人ならば妻も盗人なるべし。是(これ)偏(ひとえ)に今生ばかりの事にはあらず、世世生生に影と身と、華と果と根と葉との如くおわするぞかし云々。夫と妻とは是の如し」
時は鎌倉時代、一定の地位のある男子は第二、第三夫人をもたれる人の多かった時代に夫婦平等のご教示、第二、第三夫人の入る隙間はありません。池上ご兄弟ご夫妻、四条金吾夫妻へ示されたご教示を通して、令和の私たちによびかけられた夫婦の姿でもあります。同時に男女だけでなく一切衆生(この世に生きる山川草木禽獣虫魚)全てが平等である事、全てが幸せになる権利を持っている事、形だけの平等でなく真の平等、真の平安を説いているみ教え、それが法華経である事を今月紹介の聖語で日蓮聖人は夫婦の真のありようを通して、全ての平安の大切さを私達に実行せよとよびかけておられるのであります。


合掌

日彰