菅野貫首写真

此の経の文字は皆悉く生身妙覚の御佛なり(曾谷入道殿許御書)

 今月ご紹介の聖語は先月ご紹介しました大聖人ご親族のお一人、曾谷入道殿へ文永十二年(一二七五)身延山からお与えになられたご教示の一節で、入道殿のご尊父・法蓮房十三回忌のご供養をなされたことへのご返事であります。聖人は先に入道の為にお自我偈を書写して送られており、この度更に方便品を書写して送られ、方便品とお自我偈の読誦をお勧めになられ、その中で今月ご紹介の聖語
「法華経の一文字一文字は、ことごとく生身(しょうじん)の(衆生を救うために生まれられ、お悟りを開かれた)佛さまである。この経を持(たも)ち拝読することは、すなわち生身の佛さまとご一緒に居ることなのである。」
とお説きになられるのであります。重ねて申しますと、
「妙法蓮華経、六万九千三百八十四文字の一文字一文字は生きておられるお釈迦さまのお声なのである。お悟りを開かれ、ご自身亡きあと二千年後末法の時代に悩み苦しんでいる人々のために心魂込めて説かれたみ教え、それが法華経、生きておられるお釈迦さまから令和に生きる私たちへの救いのお声なのである」
このように受け止めることによって、お力を拝することができる。このことであります。
突然ですが、皆様ご存知の「孫悟空の物語」。その原典である玄奘(げんじょう)三蔵法師(さんぞうほうし)の著された「大唐西域記」に法華経の説かれた霊鷲山(りょうじゅせん)の様子が紹介されており、その中で法師は
「佛は東の方を向いて座し給えり」と述べておられます。
現在の霊鷲山は建物一つない岩山でありますが、およそ二千三百年前に玄奘三蔵法師がお参りした時は、立派な大堂を中心に諸堂が連なり、大堂の中心にはお釈迦さまのご尊像が祀られており〝お像は東の方を向いて坐っておられた〟と記されております。このご文章、当然日蓮聖人もお読みになられ、霊鷲山上でお釈迦さまが法華経をお説きになられるお姿に思いを至され、その礼拝の中からお釈迦さまの生身のお声をお聴きになられたのだと私は拝しております。
勿論、法華経教説の中での「末法の時代にこそ法華経は弘められるべきである。いや弘めなければならない」と言う強いご決意・信仰心が基本でありますこと論を待ちません。
この事に加えて「お祖師様はお釈迦さまの生のお声をお聴きになられた。それは、ご自身も霊鷲山上のご説法の席におられる、という強い信仰心をお持ちであられた」と私は拝しております。
そしてもう一つお釈迦さまのお声に合わせ、願うことがあります。日蓮聖人のお声も……。であります。今月ご紹介の聖語を私はこのように拝受しております。
今月の聖語を私はこのように拝受しております。


合掌

日彰