菅野貫首写真

日蓮は閻浮第一の 法華経の行者なり(別頭御房御返事)

 「私、日蓮はお釈迦さまが末法の衆生救済のために説かれた法華経を、娑婆世界で一番最初に実践した者であります」
 今月ご紹介の聖語は、文永十一年(一二七四)年、清澄寺別頭さんにお出しになられたお手紙の一節で、御真蹟は身延山に格護されております。
 お手紙によりますと、日蓮聖人を清澄寺の別頭職に招請されるという大変名誉なお手紙に対して、自分は法華経の行者であるから、名聞冥利を望んではいない「たとえお師匠さまの名蹟であろうとも継ぐ気はない」とお断りになられます。文中の閻浮とは古代インドの宇宙観で後に私達の住む娑婆世界を表す言葉となりました。
 今月ご紹介の聖語でお心に止めて頂きたいのは「法華経の行者」ということであります。この事は本誌で度々申し上げておりますように「末法の時代に、お釈迦さまのご本心をそのまま正しく受け止め修行し他の人にも伝えてゆく人」のことであり、日蓮聖人はインド・中国等の佛教国でただお一人法華経の教説を真実、お釈迦さまの金言と受け止められ、私たちに南無妙法蓮華経のお題目を遺して下さいました。「閻浮第一」とおおせになられる所次であります。
 では「法華経の行者」は日蓮聖人お一人でよいのでしょうか? 「否」であります。ただ「法華経の行者」と名乗る事は恐れ多いので後世の人々は「如説(にょせつ)修行者(しゅぎょうしゃ)」と言っておられ日蓮聖人以来七百余年沢山の「法華経の行者即ち如説修行者」によって法華経、南無妙法蓮華経は受け継がれ、弘められ、今日に至っております。つまり法華経を信じお題目をお唱えする読者の皆様はみな法華経の行者、法華経に説かれている金言を実践する如説修行者なのであります。
およそ五十年も昔の話になりますが、私の尊敬する今は亡き真間山弘法寺、鈴木恵隆貫首さまは私達若い僧侶の導師として毎月唱題行の会を開いて下さいました。鈴木貫首さまの口癖は「私は凡夫(ぼんぷ)、そう凡夫の中の凡夫、でもお題目をお唱えし、自分が受け止めたお題目の有り難さ、尊さを人々にお伝えする時、凡夫そのままの法華経の如説修行者なのだよ」でありました。
鈴木貫首さまにくらべたら更に下の凡夫である私たち若い僧侶がどれほど力づけられましたことか、「私にも出来るんだ」「よしやるぞ」の勇気を頂いた若い僧侶が沢山おりました。この時から五十年、今度は私達が「凡夫のままの法華経の如説修行者」としてお題目をお伝えする番であると受け止めております。そして私は池上のお山で毎日第四金曜日夜五時半から「唱題行の会」をつとめさせていただき乍ら、今の私の「法華経の如説修行者」の行動はこれしかない、鈴木貫首さまのお姿を念頭に拝しつつ修行させていただいております。


合掌

日彰