菅野貫首写真

法華経一部を讃歎するは
釈尊の金言なり(行敏訴状会通)

 文永八年七月、龍の口御法難のおよそ二ヶ月前、行敏と名乗るお念佛の僧から日蓮聖人に宛て書状が届けられます。「対面を遂げて悪見を破らん」と言うものでした。対し日蓮聖人は個人対個人の対論は「暗中の絹衣――暗闇で絹の衣服を着てもわからぬの通り」なので幕府の役所「公(おおやけ)の場での対論」を申し出られますが、行敏師は受け入れず、逆に幕府に訴えて来ます。陰には当時鎌倉佛教界を引っぱっていた高僧達の居ること、日蓮聖人は十分ご承知で行敏師の名は一句も出さず、真正面から「法華経はお釈迦様の金言、おさとりの真実を説かれたお経であること。末法という時代(鎌倉時代以降のこと)こそ法華経が弘められ、苦しんでいる人々を救済するみ教えであること。自分日蓮はその先陣として教えを弘めていること」を根幹とした論陣を張られます。この他七ヶ条にわたって反論しておられますが本稿ではふれずにおきます。
 今月ご紹介の聖語
 「妙法蓮華経の一部(開結を含め十巻)を拝読、その内容の尊さ、ありがたさについて知り、それを人々に教え伝え弘めよ、とはお釈迦さまが法華経ご説法の中で説かれていることである。私日蓮の弘法活動も個人の考えでなく、お釈迦さまのご命令に従っているからなのである。」
 私の領解(りょうげ)を加えてご紹介させて頂きました。くり返しになりますが、日蓮聖人は法華経を拝読なさる時、全て真実、お説きになっておられることの一つ一つが真実、事実なのだとお受け止めになられます。特に従地涌出品第十五で大地が六種に震動し、地より上行菩薩をはじめとする無数の菩薩が出現なさる場面。この上行菩薩の出現によって末法の衆生が救われるとお説きになられたお釈迦さまのみ教え。当時拝読された多くの人ほぼ全員が物語として読まれている中で、只一人日蓮聖人だけが〝上行菩薩は出現なさるのである〟真実であると受けとめられ、その先がけとして法華経をお弘めになられました。そして法華経で説かれているように三障四魔がおそいかかり、数々のご難に遭われるのであります。このように法華経の教説を全面的に信じきる、ここに日蓮聖人のみ教えの尊さがあります。そしてこのことを日蓮聖人は法華経の教説を信じきる信仰心のことを「信」の一字でお示しになられるのです。この「信」のある者だけがお釈迦さまのお功徳を拝受することが出来る。日蓮聖人は、私たちにこの「信」を持ちなさい、持ち続けなさいとよびかけておられるのであります。


合掌

日彰