義を見てせざるは勇なきなり

今、世の中は物質・経済効率優先で、極端な話がお金儲けの出来ないヤツは人間失格だと決めつけられかねない雰囲気が未だ一部にあるように思います。素晴らしい衣装は身にまとってはいるものの実に自己中心的で損・得でしか判断・行動しない顔つきの人々をいまだ見かます。それと正反対の行為が冒頭の言葉です。
日本人のポリシー
 人間としてかけがえのないいのちを与えられた不思議に心から感謝し、少しでも己の存在を誰かのため、何かのために役立てていきたい。私達日本人は伝統的にそういう思いで日々の行動をとり、仕事をしてきました。
 三・一一の大震災以後の被災地の人々や他の日本人の「困った時はお互いさま」「今日は人のみ、明日は我が身」「お天道様とご先祖はいつも見ている」といったポリシーに基づく行為や暴動・略奪が全く起こらないことに国際的な賞賛が寄せられています。このことからまだまだ冒頭の精神が日本人の心の中に生きていることを感じるのは私だけでしょうか?
年の瀬人気の忠臣蔵
 年末が近づくと決まって公演されるのが忠臣蔵です。何回見ても日本人はこのドラマに飽きないのです。いよいよ仇討ちのために江戸に出発するにあたって大石内蔵助は息子の主税にこう言います「私と一緒に江戸に行くか?郷里に残るか?自分で決めなさい」それに対し主税はすかさず「私も武士です。父上と共に江戸に参ります」と答えます。江戸に行くことは言うまでもなく武士としての名誉を重んじ死ぬことを選ぶということです。そして主税は家族に類が及ぶことを懸念して内蔵助が離縁した母・りくの処に最後のお別れに行きます。ところが母は「男児のくせに何と女々しいことか!」と言って息子の主税に会おうとしないのです。でも祖父の取りなしによって渋々会うことになります。
日本人の品格を信じて
冒頭の言葉が好まれ、忠臣蔵にその都度感動して涙する日本人の心の内には聖徳太子以来、国や社会の運営の指針として来た仏教・法華経の教えが脈脈と息づいていることをきちっと認識しておきたいものです。日本人が永いこと培ってきた精神性と品格はまだまだ健在と信じて新しい年も力強く歩みを進めたいものです。

合掌

富澤錬真