
南無佛と称えば 災来るも変じて幸いとなる(道場神守護事)
建治二年(1276)12月13日身延の地より、千葉県中山在住の富木常忍氏にお与えになられた御手紙の一節が今月ご紹介の聖語であります。富木氏は十羅刹女・鬼子母神に強い信仰心をお持ちでありました。その事を踏まえて本書では
「人は生まれた時から〝同じ年、同じ月、同じ日に生まれた同生天(どうしょうてん)〟と〝同性同名の同名天(どうみょうてん)〟のお二人がその人を守って下さっている。そして、法華経の信仰によって更なるお力となり、お守りが強くなるのである。法華経に説かれている十羅刹女・鬼子母神はあなたの強い信仰心によって更なるお力を発揮して下さるであろう」
とお説きになられたあと
「法華経を信じている者がもし災難にあったとしても、それは招福(福を招くこと)の先兆であるから、信心を堅固にして法華経修行に精進しなさい。〝転禍為福・禍い転じて福と為す〟のである。」
とご教示なさいます。それが今月ご紹介の聖語
「南無佛と称えなば、災い来るも、変じて幸いとなる」
であります。
称えるは「唱」えると同じ事、今回大聖人がこの文字で表現なされておられますのでそのようにしました。
「南無佛、南無妙法蓮華経とお称え申し上げていれば、どのような災難が来てもお題目のお功徳によって、災難転じて幸い、福となるのである。災難を福の来る前兆であると受け止め、災難に負けることなくますますお題目の修行に励みなさい。」
実に力強いご教示であります。富木氏がどのような災難に遭われたかは不明ですが、きっと大きな励まし、お力となった事でありましょう。
この事を我が身に当てて拝受しますと、私たちはとかく
「お題目の信仰をしているのに、このような災難に遭うとは」
と思いがちでありますが、日蓮聖人は
「お題目信仰者には、その先に必ず幸いが待っているのである。この事をしっかりと心に定めておきながら日頃何気なくお題目をお唱えしているが、この災難によって目を覚まし、この先に必ず福のある事強く心に信じきり、お題目信仰に励みなさい」
とご教示下さっております。〝災いの先に必ず福が待っている〟何と力強いご教示でありましょう。ありがたい事であります。その事を深く信じ、お題目修行に励ませていただきたく拝します。