ニュースの向こう側

 私は車での移動中によくラジオを聴いているのですが、まれにラジオを耳にしているだけで涙が出てきそうになることがあります。  東日本大震災では多くの方の命が奪われてしまいました。すでに15年という歳月が流れており、直接被災をしていない私を含めた多くの人にとっては〝防災の日〟あるいは〝慰霊の日〟という歴史上の出来事のような受け止めになってしまっているのではないでしょうか。
 大震災によって突然小さな娘さんを亡くしてしまったという短いお便りがラジオのアナウンサーによって読み上げられるのを耳にしました。愛娘との当たり前の日常が突如として奪われ、歳月を重ねることでその日常が戻らない無念が日増しに込み上げてくる。この災害さえ無ければ娘は年頃の女性となっているのにその姿を見ることはできず自分だけが年老いていく…。
そのアナウンサーは途中から声を震わせ嗚咽交じりで最後までなんとか読み上げていました。テレビのニュースで見聞きするのと違ってラジオの場合は映像がないので想像力を掻き立てられます。アナウンサーが涙をこらえて一生懸命に最後まで読み上げたその内容は娘を亡くしたその父親の愛情に満ちていました。かけがえのない娘を震災によって失ってしまったその悲しみが伝わってきます。それはニュースではなく一人の人に起こった悲劇の物語でした。
 災害や事故は確かにニュースです。多くの人にとってはニュースではありますがそれは当事者にとってはニュースではなく現実に起こってしまった悲劇の出来事です。ニュースの向こうで被災者、被害者となってしまった人にとっては現実に降りかかってしまった人生での出来事なのです。
 本当に当たり前のことなのですが、事件、事故、災害などのニュースの向こう側には突如として大変な思いをすることになってしまった人がいるのです。もう少し想像力を働かせてニュースを受け止めないといけないと思いました。

合掌

畑 信行