心からの感謝

人の一生というものは、長さではなく、どのように生きたかによって、その重みが決まるものでございます。
このたびご遷化された 菅野日彰聖人は、まさにそのことを私たちに教えてくださるご生涯でありました。北海道礼文島にお生まれになり、若くして仏門に入り、長きにわたり修行と布教の道を歩まれました。特に、宗立谷中学寮で青年僧の育成に三十年以上尽くされたお姿は、「人を育てることこそ仏の道である」という教えを、そのまま体現されたものでありましょう。
教えは言葉だけでは伝わりません。人の背中を見て、はじめて心に届くものでございます。
私もその背中を見て育ったひとりです。
また、池上本門寺においては、堂宇の整備や法要の推進に尽力され、来るべき節目に向けて道を整えられました。それは未来の人々のために功徳を積む行いであり、自らのためではない、まさに菩薩の実践であります。
しかしながら、私たちがとりわけ心に留めたいのは、上人が常に口にされていたこのお言葉でございます。
「僧侶は、お経と布教と掃除」
これは決して僧侶だけの教えではありません。
私たち一人ひとりの生き方にも通じるものであります。お経とは、自らの心を整えること。布教とは、人に善きことを伝えること。掃除とは、身の回りを清め、心の曇りを払うこと。どれも特別なことではなく、日々の生活の中で実践できることでございます。
そして、上人ご自身が祖廟を掃除される姿を見せ続けられたことは、「教えは行いによってこそ完成する」という無言の説法であったのではないでしょうか。人はやがてこの世を去ります。しかし、その行いは、人の心の中に生き続けます。私たちもまた、今日という一日を、どのような心で過ごすのか。誰かのために何ができるのか。自らの心をどれだけ整えられるのか。その積み重ねこそが、人生という道を照らしていくのでございます。
どうか、日彰聖人のご遺徳に学びつつ、日々の小さな実践を大切にしてまいりましょう。
南無妙法蓮華経

合掌