此経難持坂(シキョウナンジザカ)
此経難持坂 熱心な法華信者で築城家としても有名な、加藤清正公の築造寄進になる。同公は、慈母の第七回忌にあたる慶長11年(1606)、その追善供養のため、祖師堂を建立寄進し、併せて寺域も整備しているので、その折の築造と考えられる。第14世日詔聖人のときである。第22世日玄聖人代の元禄年間(1688−1704)に大改修されているが、清正公当時の原型を残す貴重な石造遺構である。
 なお、名称の由来は、『妙法蓮華経』見宝塔品第十一、此経難持の偈文96字にちなむ。すなわち、末法の世に法華経を受持することの至難を忍び、信行することの尊さを石段を上ることの苦しさと対比させ、経文を読誦しつつ上れば自然にのぼれる、と言い伝えられている。
『池上本門寺史実伝承物語』・大田区『文化財総覧』参照
データ
大田区文化財
桃山時代・慶長年間(1596−1615)
九十六段の石積参道 俗称「子持ち石」(相州産・現在採石中止)
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